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僕は今、人生で最もタフな時期を生き抜いているんだ



ナイル・ロジャースは、彼が現在直面している個人的な問題について「良くないこと」から学び、シックの地球規模での反響を誇りに思う理由について語ってくれました。

僕は良くないこと、嫌なことを行うことからとても多くを学んだ。僕はどんなに想像力を豊かにしても僕の人生が完璧だなんて思ってはいない。けれど、その不完全性のおかげで、、、誰もが「こんなの、ありえないだろ!」と言う状況を生き抜いて来た。それは、僕が強く、そしてより良い人間に、地に足の着いた人間になるために生きてきた、ということを意味する。

若き日の僕はヒット・レコードを1曲でもいいから書きたいと願っていた。それだけでも僕にとっては素晴らしい事だったろうからね。なのに今、いくつものヒット・レコードや、聖歌のような曲で人々の気分を良くするような音楽に囲まれて人生を送れているなんて、信じなれないほどすごいことだ。この地球上では、どこへ行ったって僕が「ワン、ツー、スリー、アーーーーー!!」と叫べば(「おしゃれフリーク」の曲の始まりの歌い出しのこと)誰もが「フリーク・アウト!」と反応してくれる。まさにそれが自然なリアクションと言えるほどに。それって最高にクレイジーで最高に楽しいよ。僕はいくつもの世界の端でプレイをしてきたけど、どこへいってもそうやって 「フリーク・アウト」と叫んでくれる人が必ずいるんだ。

僕は皆をいい気分にさせることについて何の躊躇も断りもないのさ(笑)。僕らは「現実逃避」の音楽をやっていて、そしてそのことが僕は本当に嬉しい。僕がプロの作曲家になってから、それは70年代のことだけど、次から次へと悲劇的な出来事が人類に降りかかっていた。科学者が言うような「リラックスした喜び」などといった期間を過ごすことなんて滅多にない。地球上に本物の平和なんてないんだ。その代りそこにあるのは常に何らかの混乱だよ。通常は僕らが西洋諸国で暮らすことは大して影響はないと思っているけど、でも本当のところ、僕が知るほとんどの人はとても自分を犠牲に出来る人たちだし、大変な状況にいる人に関わりを持って、そのひとを助け出そうとするひとたちだ。だからシックの音楽はそんな人たちを応援して、いい気分にさせて、ハッピーな気持ちにさせて、嫌なことを忘れさせる最良の方法なんじゃないかな。

スタジオ54は僕にとってとても意味深い存在だった。「異なったあらゆるバック・グラウンドを持つ人たちが同じ空間にいる 、という光景を見せてくれたからね。」しかもそこには一体感もあった。実際に当時もこんなことが言われていたよ。「一度ベルベット・ロープをくぐれば(スタジオ54へ入場すること)その人が誰であっても仲間入り」とね。まさにそういう感じだった。ニューヨークは当時、かなり愛想のない街だという悪い評判があったけど、それは決して真実ではないよ。特にスタジオ54のようなところは、恐らく君が想像しうる最も暖かいもてなしがある場所だったのさ。若いミュージシャンだったあの時、スタジオ54にいたスーパースターたちが曲やアイディアを知ってくれて評価してくれたことは、僕にとっては度肝を抜かすようなことだった。自分でもその状況をうまく飲み込めなかったよ。もし僕が別人だったら、浮かれてしまって破たんするきっかけになっていた筈だ。とにかく大げさなくらいすごかったんだ。

モナコで僕らが公演する時は毎回、皆が僕とアルベール公の仲がフレンドリーだってことを信じられないでいる。アルベール公に「やぁ」って挨拶すると人々から「どうなってるの?」なんて言われるよ。実はそれはスタジオ54のおかげなんだ。僕たちは二人ともスタジオ54の若者で、人生のひとときを一緒に過ごしていた。モナコで過ごす時、僕は外交上の儀式というものを壊すんだ 。「あなたは大公の前で立ち上がったり踊ったりは出来ませんよ」なんて言われるけど、僕は「いや、出来るんだよ」と言うよ。何故なら僕はずっと長い間彼を知ってるからだ。モナコ公は仲間みたいな存在なんだよ。彼はある日突然王子になったのではなくて、僕の親友なんだ。僕はこの話を、スタジオ54にはそこで起きていることが、普通のことと同じレベルになるという例えのためにしている。人生において、友情を築くことと同じやり方が、グレース・ジョーンズやヒュー・ヘフナー、或いはマイケル・ジャクソンやトールマン・カーポティ達とスタジオ54で出会うということだ。信じられないかもしれないけどそこにはあらゆる職業のひとがいた。そして全くの見知らぬ存在だった僕のような人にも、みんながどんなにオープンに接してくれたことか。

僕が若い日の自分に言葉を今かけるなら、音楽の力を信じろ、と言うだろう。そうじゃないと、僕は今日もこうして生きていられるか判らないくらいだ。思うに、本当に、本当に悪い状況から音楽は僕を引き抜いてくれた。今年、僕は人生で初めてショーへの出演をキャンセルしてしまった。そんなことになるなんて信じられないな。そのことについて相当落ち込んだんだ。僕らはアース・ウィンド・アンド・ファイヤーとのツアーの最中だったけど、ドクターは大腸菌感染症にかかっているかもしれない僕のことを、病院から解放してはくれなかった。ドクターが言うには、もしそのまま僕がショーに出ていたら、大勢のオーディエンスの前で死ぬかも知れないということだった。そのくらい僕はその時、重症で衰弱していた。

翌日、僕は晴れてパフォーマンスしたショーは恐らく人生で最高のショーだったよ。それは何だか懐かしくもあった。僕らが納得のいかないショーをしてしまったときは必ず、バーナード(バーナード・エドワーズ。シックのベーシストでナイルと共にシックを結成したメンバー)が「明日のショーに来るお客に恥をかかせてやれよ。こんな演奏をしてたら、僕らが彼らを虐殺することになるぜ」なんてシャレにならないジョークを飛ばしていたものだ。もしショーの出来が良くなかったら、僕らは翌日のショーで本気になってそれを補うんだ。これは本当のことさ。

「おしゃれフリーク」がとんでもなく売れるレコードになるってことを僕は最初から判っていた。本当によく判っていたんだ。でもレード会社はこの曲聴き終える頃にはとても嫌になっていた。曲が終わった7分半の後、僕らは会議室を掃除したようなものさ。部屋からみんな出て行ってしまったからね。つまりそこに残っていたのは僕とバーナードとそして僕らの弁護士だけだった。他のみんなは会議室の外で、僕らにこの曲がどんなにダメかと言うことを判らせたらいいかを考えていた。そしてこのアルバムにはこの曲の他にもっとマシな曲はないか、と思案していたんだ。でも結局「おしゃれフリーク」はアトランティックレコードの歴史において最大の売上げをあげることになった。

にもかかわらず、その後のキャリアで、僕は自信を失ってしまった。その頃にはずいぶんと大きなヒットを抱えるようになってはいたけどね。そのいい例が僕にショックを与えたマドンナの「ライク・ア・ヴァージン」だ。僕は「マテリアル・ガール」の方がずいぶんいい曲だと思っていた。正直に言うとあのアルバムの「ライク・ア・ヴァージン」よりもそれ以外の曲のほうが遥かに良いと思っていたんだ。だからあの曲が売れたのはショックだった。2500万枚以上、と僕の人生で最も売れたアルバムとなったよ。「ライク・ア・ヴァージン」はアルバムからの強力なシングルとなったおかげだった。そんなことは、僕は100年経っても思いつかなかっただろう。シングル曲の「ライク・ア・ヴァージン」がきっかけとなって、「マテリアル・ガール」が大ヒットして僕らをトップの座に導いてくれると思っていたんだ。

今現在、僕は恐らく最もタフな時期を過ごしているところだ。僕の母はともて具合が悪く、しかも僕のミュージック・パートナーのバーナードの妻 である僕の従妹がついこの間、何の前触れもなく急に逝ってしまった。起こりつつあることは全てみな、ひどく絶望的だ。本当に本当に胸が張り裂けそうなんだ。でも僕は毎日自分にこう言い聞かせている。「このつらい状況をすべて生き抜くことが出来たら僕は強い人間になれる。きっとより良いミュージシャンになって、より良い作曲家になって、寛大な心を持てるようになる」とね。

今よりさらに良い人間になれるんだ。

(このインタビューの翻訳は、日本版ビック・イシューに掲載されるかどうかが判らなかったので、こちらで翻訳してみました。 尚、インタビュー時期についても詳しくは判らなかったのですが、内容からすると、アース・ウインド・アンド・ファイヤーとのツアー中に見つかった癌の手術の前後と思われます。いつものナイルのインタビューに比べて、ちょっと重い雰囲気の内容でしたが、こういう時期があったからこそ、先日ナイルがブログにて来年の抱負を高らかに宣言することが出来たのだろうとも思うのですが、どうでしょうか。)

情報元:THE BIG ISSUE


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