DISTANCE

 『バーグラー』サウンドトラック盤に続いて発表されたデビュー・アルバム。
メンバーはトンプソン、トンプソン他、85年以降の彼の持ち駒といえるエディ・マーティネス(gu、エドワーズ初の単独プロデュース作は彼のソロ・アルバムだった[E.P.M.名義])、ジェフ・ボーヴァ(key、元チェインジ)からなるリズム・セクションにロバート・ハートを加えた五人。ハートは後にバッド・カンパニーに加入する事になる王道のブリティッシュ・ブルーズ・ロック・シンガー。彼の持ち味を引き立てる為か、ブラック・ロック/ファンク色を抑え、当時のホワイトスネイク辺りを彷彿とさせる派手なサウンド・プロダクションの(少し恥ずかしい)ロックを展開した。

 

 良質なロックだが音楽的に手堅過ぎるきらいがあったのだろうか、商業的には失敗作となり、ハート以外の四人が顔を揃える機会が減っていったのが残念。

 

Mt. Fuji Jazz Festival

 四月のブルーノート公演から僅か四ヶ月後、八月二十四日に富士スピードウェイで行われた「マウント・フジ・ジャズ・フェスティヴァル2003」で彼らを観たファンからは大絶賛の声を多く耳にする。この時の模様は外国盤で何度か作品化されている(CD/DVDとも全編収録)。この年から五年間続くレギュラー十名のうち九名が参加。サックスのクリスピン・シーオ(アップタウン・ホーンズ)は、シックの来日メンバーとしてはこの時のみの帯同。

 

 このライヴで面白い(というのも申し訳無いが)のは何と言っても冒頭のオープニング効果音からバンド演奏に入る部分。現地スタッフとの打ち合わせが不充分だったらしく大失敗! しかし彼らはそのトラブルを笑い飛ばし、はじけた演奏を披露していく。夏の屋外によく合った開放感に満ちた演奏だ。

 

Adventures in the Land

 83年初旬="Tongue in Chic" と "Believer" の間に、ロジャースとエドワーズはソロ・アルバムを発表する。どちらも自身の単独プロデューサー名義となる初の作品で、シックの音楽的な幅の広さを示す両極端な内容で興味深い。

 

 ロジャースは当時の最新機材であったドラム・マシーンを駆使し、良い意味で隙間のある実験的なニュー・ウェイヴ・ファンクを指向した。無機質な音なのにリズム・ギターが重なると、それで彼の世界となるのは流石。とはいえエドワーズ&トンプソンが参加したA3、B2、B3の気持ち良さは格別で、どうしても愛着はこちらにわいてしまう。B2は "Koo Koo" の延長といえるロックで、レッド・ツェッペリンの「ザ・クランジ」辺りを思い出させる(裏を返せばゼップのファンク・ロック・バンドとしての優秀さの証明でもある)。B3はサラ・ダッシュ(元ラベル)とのデュエット。

 

 B-Movie Matinee

 ロジャースが多忙を極めていた85年に、自称ワーカホリックを駄目押しするかの様に発表されたセカンド・ソロ・アルバム。エドワーズ、トンプソンは引き続きザ・パワー・ステイションでコーサーロと仕事を続けていくのに対し、ロジャースはこの時期を最後に同所を離れ、以降の拠点をスカイライン・スタジオに移す。音楽、人脈そして活動拠点から、シックはロジャースが離れる形で解散した事がわかる。おそらく本作はそんな過渡期、新しいスタッフと共に色々と実験をしていった記録であり、同時期のジェフ・ベック "Flash"、シスター・スレッジ "When the Boys Meet the Girls"、シーナ・イーストン "Do You" 等との共通項が窺える。

 

 ・・・等と真面目くさって書いてしまったが、日本人としては、本作はB1の日本語ラップとロジャースの「なんでぇすか?」を聴いて脱力する為の一枚(笑)。

 

Chic Freak and More Treats

 "JT Super Producers 96 Nile Rodgers" の為に録音されたセルフ・リメイク・アルバム。エドワーズやオマー・ハキム、リチャード・ヒルトンが演奏している。新曲6、10、12、13はCDミニ・アルバムとしても発売された。JT・・・に際して選曲・録音されたにも関わらず、1、5と10は披露されず(特に10はかなり残念)またこれら新アレンジでの演奏はされなかった(少しホッ)。

 

 当時のシックのリード・シンガーであったシャープが半数以上の曲でリード・ヴォーカルを担当、また当時のロジャースの側近で来日公演にも参加したクリストファー・マックスも3、10と13で歌っている。テーマ曲6では公演参加が発表されていたサイモン・ル・ボン、クロウル・シスターズの歌声が聴ける。5のアシュフォード&シンプソンや7のタジャ・セヴェールは公演には不参加(予定されていたのだろうか?)。

 

LIVING IN FEAR

 結果的に本作がエドワーズの遺作となってしまったが、仕上げてくれた事を喜ぶべきだろう。ディスタンスから七年振りにフルで組んだエドワーズ&トンプソンの、これが双方にとって最後のスタジオ盤となったのだから。96年秋に発売。

 85年(録音は前年)当時の4人とプロデューサーのエドワーズが揃い94年に動きだしていた再結成プロジェクトだったが、録音前にジョン・テイラーが脱退、その穴をエドワーズが埋める形で完成をみた。ドンパン節ともいわれた例の派手なドラム・サウンドは凄みと重みのあるものへと進化。シック 'My Feet Keep Dancing' の間奏を思い出させる1からもうエドワーズとの息の合い方は完璧だ。アンディ・テイラーのロック・ギターは大活躍。前回は「付き合っている」という感じだったパーマーの色は今回かなり濃い。

カヴァーはマーヴィン・ゲイ4とザ・ビートルズ11。7や9はゼップを彷彿とさせる。

 

Crown Of Thorns

 トンプソンの長年の夢といえた本格的なハード・ロック・バンドがクラウン・オブ・ソーンズだ。メンバーは、「有色人種」という足枷からロックしきれずにくすぶっていた四人=ジーン・ボヴワー(vo、元ザ・プラズマティクス、リトル・スティーヴン&ザ・ディサイプルズ・オブ・ソウル他)、ミッキー・フリー(gu、元シャラマー[後期])、マイケル・ペイジ(ba)そしてトンプソン。キッスへの楽曲提供経験もあるボヴワーの色が濃い。そのキッスのポール・スタンリーと歌い回しがかなり似ており、当のスタンリーは約半数の曲にプロデューサーとして関わってもいる。

 クリームやゼップでスティックを握ったトンプソンらしい、力強いビートが心地良い好盤だったが、本作(発売先探しに数年を要していた)の発売と前後して録音が開始されたザ・パワー・ステイションとの活動を優先し、脱退してしまう。

  We're making it funky with Nile Rodgers and CHIC.

 

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